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私たち人間はみな、自分の能力を伸びやかに発揮して生きていきたい、と願っています。それができることは、快感、そして喜びです。ところが、現実はこんな喜びを手に入れた人ばかり、とは限りません。私が開設している自己表現能力養成のセミナーでも、大学でも、多くの生徒たちが「自分は自分を生かせていない」と訴えるのです。自分を生かせる人と生かせない人の違いは何か?本書では、順を追って具体的に明らかにしていきます。

「自分を生かす」ためには

「自分を生かす」ためにはまず「自分を生かしたい」という熱烈な欲求がなければならないということになります。そこで参考になるのが心理学者マズロウの「欲求段階説」です。マズロウは欲求を低次元のものから高次元のものへと五段階に分けました。一番低次のものが生理的欲求、次が安全・安定への欲求、下から三番目が所属の欲求、四番目が他者からの承認・賞賛を得たいという欲求、そして最高次元が自己実現の欲求です。図のピラミッドを見てください。「自分を生かす」ことは心理学上の欲求分類から言えば、最高次元に位置する自己実現の欲求になります。マズロウは必ずしも一番下の段階の欲求が一〇〇%満たされなければ、次の次元の欲求は達成されないとは言っていません。しかし、一般的に多い形としては、低次元の欲求が満たされてから「自分を生かす」「自分の目的を達成する」という自己実現の欲求が満たされるというものです。したがって、自分を生かすためにはまず、自分がこのような基本的な欲求段階のどこに一番こだわっているのか、そのことをチェックする必要があります。次に、性格と欲求との関係も考える必要があります。たとえば、人のあとからついていくほうが気楽でよいという「追従欲求」の強い人が、たまたま社長などになってしまえば、「責任が重くて、自殺したい」などということになります。また、とても顕示欲求の強い人が目立たない仕事ばかりしていれば、ムシャクシャしてどうにもならないでしょう。

自分を生かすというのは高次元の欲求であるがゆえ、「自分を生かすこと」が熱烈な欲求とならねばならない。自己実現といえば願ってもなかなか叶わぬものだ。80%ぐらい欲求が達成された時点でまたさらに上の120%の欲求が生まれてくるのが常で永遠に欲求が果たされることがないように思う。

「見返り」を期待すると「みじめ」という逆襲に遭う

自分が何かをしたらきっと相手は何かを返してくれるだろう」という見返り(ペイバック)を期待して何かの動作をするというのは、実は、私たちにとってマイナスです。なぜなら、もしも相手があなたの期待通りに行動してくれなかったとき「なあんだ」という落胆とともにあなたはもう一つとんでもない「しっぺ返し」をくうからです。それは、そんなふうに相手からの行為を期待して自分がその動作をしたのだ、と気づいたときに、途端に自分という人間のスケールが小さく感じられるということ、つまりそんなふうに見返りを期待した自分がみじめでみすぼらしく見えてくるという、あの感情です。周りの人に何かをしてあげたり、ものをあげたりするときは、「これをしておいたら何かを返してくれるだろう」という さもしい 考えは、一切やめにしましょう。見返りがあれば結構、しかし、なかったらなかったで自分がそのことをしてあげることに充分喜びがある、というふうに考えるようにしましょう。 その簡単な例が、子育てです。私には今二十八歳になる一人娘がいます。その一人娘が将来私に何か親切なことをしてくれれば、もちろん私は幸せでしょう。しかし、もしもさまざまないきさつで彼女が私に親切をしてくれなかったとしても、私は彼女を育てるという 過程 を充分に楽しみました。彼女が赤ちゃんのときニッコリすればうれしく、ハイハイしているのが立ち上がって歩けば、またそれもうれしい。歩いたのが走れば、なんて我が娘は運動神経がいいのだろうと喜ぶという具合に、彼女が成長していく過程で、充分私は喜びを得たと思うのです。そのときの自分の気持ちを振り返ると「こうやって育てておけば、あとで返してくれるだろう」などという計算ずくでやったことではありませんでした。見返りを期待して子どもを育てていたら、多くの親たちが「みじめ」という逆襲に遭うはずです。それはすべての人間関係において同じに違いありません。

返報性の原理とはいうものの、見返りを求めて何かアクションを起こすと相手からの見返りが得られなかった時、怒りに似た感情を募らせてしまうことも。なんでこんなに尽くしているのにと憤る人は案外多い。

自分を生かすために大事な考え方をレクチャーしてくれる書籍。人生を好転させるその考え方を身につけるには遅すぎることはありません。