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「良い大学」には入れなかった。そこから僕の闘いが始まった―。人生の「入口」での挫折をものともせず、20代で上場企業2社の役員、30代で有名コンサル会社のディレクターを務める「非学歴エリート」が、人生逆転のための働き方・学び方を大公開。努力の仕方がわかる本!

成功には努力と工夫あるのみ!

世間の怠け者のほとんどは、目標がない。おそらく、ただそれだけのことで怠けざるを得なくなっているのだと思います。そして、もし職場や世間に、「がつがつ努力するのはカッコ悪い」という空気があるのだとすれば、それは、ますますチャンスです。ちょっと努力すれば、あっという間にまわりに差をつけることが可能だということなのです。ただし、同時に努力ではどうにもならないことがあることも知る必要があります。私は昔から、 自分が「コントロールできる要素」と「コントロールできない要素」を分けて考える クセがありました。この習慣は、精神的なエネルギーの消耗やストレスから自分を守るのに役に立ちます。自分がコントロールできない要素とは、端的に言えば「過去」のこと。自分のこれまでの環境、してしまったこと、起こってしまったできごと。これらは、どう努力したって変えようがないのです。

どうにもならないことは受け入れて、どうにかなりそうなことに目を向けることが大事ということか。変えられない過去を嘆くよりコントロールできそうな未来志向が大事。しかし、未来のことを考えるとき、漠然とした不安に襲われることがある。そうした場合は何か嫌なことが起こりそうなのはただの思い違いで、気にする事はないと言い聞かせることが大切だ。起こりそうな嫌な事は、まだ起こっていないのだから。

他人の言葉に振り回される「浮遊層」にならない

自分とはまったく関係のない流行のビジネス書を読んだり、セミナーに顔を出して知識のつまみ食いをしたり、人脈交流会に顔を出してムダな知り合いを増やしたり、一見すると積極的なのですが、目的地がどこにもないのです。これは、先ほど書いた「自分探し」とはまったく違います。「自分がどういう人間か」「自分の関心はなにか」という内省にもとづかず、他人の言葉に振りまわされているだけだからです。これでは「自分探し」どころか、自分というものがどんどん見えなくなっていくでしょう。 他人の言葉の中にあなたの人生は存在しません。

よく自分探しの旅へ海外を旅する人がいるが、あれ何なんでしょうね。日本にいたら体験できない様々なことを体験することによって、知見は広がるが、結局自分探しは失敗に終わっているケースが多いのではなかろうか。セミナーに通い詰める人たちも同じ。セミナーに行くという事は、何か自分に足りないところがあり、それを補完しようとして参加するのだろう。だが、ほとんどの人は、セミナーに高額な料金を払っただけで何も変わらず、また同じようなセミナーに参加することになっていやしないか。僕のように自己啓発本を読む人にも同じようなことが言えて、読んだだけでアウトプットせずに満足してしまう場合が多いのではないだろうか。どんな成功法則も、実際にやってみないと身にはならない。

なぜ上司のアドバイスは役に立たないのか

そもそも、なぜ他人のアドバイスは役に立たないのか。それはアドバイスをしている人とあなたとでは、 取り巻く環境や生きている時代が違う からです。これについては、あとで詳しく書きますが、運がいい場合には、そのときの組織の勢いや時代的な状況のおかげで、たまたますべてがうまくいく、というタイミングがあるのです。そして、そういう時期にあたっただけなのに、時代や会社の勢いを自分の実力と勘違いしたまま生きている中高年が非常に多いのです。「あのとき、こんなデカい契約とってさあ」などと言っているオジサンの話も、よくよく聞いてみればたまたまバブルという時代の波に乗っただけだったりします。そんな話が、私たちの役に立つはずがありません。これは勢いのある会社にたまたま入って、勘違いしてしまった若手ビジネスパーソンの話にも当てはまります。こちらは同じ会社にいるわけではないのですから、いくらアドバイスされても役に立つはずがない。

自己啓発本や、成功法則のような本が役に立たないわけは、著者と自分とでは置かれている環境が違うところにある。著者略歴を読んでみてほしい。あなたが手にしたその本の著者の経歴を自分と比較してみよう。圧倒的な学歴の差があったりしやしないか。転職して成功した人の話を読んで、自分も転職しようと考える前に、その著者の最初に入った会社をみてみてほしい。大企業だったり、急成長中のベンチャーだったり、外資系コンサルタント会社だったりしないか?あなたと著者の間には埋まらない溝があったりするわけです。それを踏まえた上で本を読まないと、落胆することになる。

高学歴でなかった著者がとった逆転の方法論が書かれていますが、そこには人の何倍もの努力が。非学歴でエリートと呼ばれるようになるには、高学歴エリートになるより多くの努力が必要。