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緊張や不安の伴う大舞台で勝負強さを発揮するには? 多くのアスリートやコーチ、研究者への取材をもとに、本当に役立つメンタル強化法を紹介。日常への応用も可能。ポジティブ・シンキングは逆効果!?緊張・不安を味方につける方法とは?優勝やメダル、王座が賭けられた極限の舞台で、アスリートの内面を襲う緊張と不安。これら自己に潜む敵に克つことなくして、他者に勝つことはあり得ない―。身体と心の問題やコーチングに造詣の深い著者が、多くのアスリートやコーチ、研究者への取材をもとに、何事にも動じない「心を強くする」方法を解説する。

自己実現=自己超越

「自己実現論」を唱えたアブラハム・マズローというアメリカの心理学者がいる。人間性心理学の旗手にして、トランスパーソナル心理学の母体を作った人物でもある。  マズローは「自己実現」、すなわち、人間がその可能性を最大に発揮する状態に到るまでに持つ欲求を、次のような五段階に分けている。① 生理的欲求、 ② 安全の欲求、 ③ 親和の欲求、 ④ 自我の欲求、 ⑤ 自己実現の欲求、である。もっとも、自己実現という意味が、巷間受け取られがちな「自我、あるいは自己の確立」を指すわけではない。諸富祥彦によると、自己実現した人物には、「自分自身にあまり関心がない」という特徴があるという。つまり、自己実現=自己超越である。

マズローの五段階の欲求はあまりにも有名だが、自己実現した人物には自身にあまり関心がないというのは面白い特徴だ。自己を超越することが自己実現であるのなら、この境地に達するのはなかなか難しいことのような気がする。

奇跡のバックホームはなぜ生まれたか?

矢野が右翼の守備に就いた直後だった。渡部が投じた初球を本多がフルスイングした。快音を発した打球が、右翼へと大きく舞った。矢野が背走した。実況アナウンサーが「これは文句なし!」と声を張り上げた。スタンドを揺らす悲鳴と歓声。熊本工のベンチ前でサヨナラ優勝を確信した園村が、歓喜のガッツポーズをとった。三塁ベンチの澤田は「……やられた」と肩を落とした。その落胆に「負けて悔いなし」という達観がわずかに混在した。  それからのシーンは、まるで夢見の出来事のように澤田の目に映った。右翼と本塁ベースの延長線上の上空に、白球がぽっかりと浮かび上がった。  それは、あたかも映画のスクリーンを見ているかのようだった。スクリーンに浮かぶ白球が、浜風に乗って澤田の目に迫ってきた。その目の端にタッチアップした三塁走者の姿がよぎった。漠とした視界が、迫りくる白球と走者の距離感を捉えた。 「……もしや」  本塁にクロスプレーの土煙が激しく舞った。煙雨のようなそのスクリーンの幕の中に、アウトをコールする球審の姿があった。

このバックホームをした瞬間、センターやセカンドは「どこ投げてんだよ」と思ったそうです。ノーバウンドで投げようという意識はあったものの、自分では投げた瞬間の意識がなくあまり覚えていなかったのだそう。まさに中継なしでのバックホームは何かを超越した、瞬間だったのでしょう。ベンチに帰って仲間にもみくしゃにされて初めて自分のやったことに気づいたという。このプレーで流れは一気に自軍に。彼らは完全に「フロー」と同化し、その後勝利を手にした。

シンクロニシティ

個が、個を維持しつつ、個を超えて全体と繋がる――。この意識状態が、「フロー」との同化を促すことは、前章で説明した通りである。日本トランスパーソナル学会会長の諸富祥彦によれば、この「フロー」の体験頻度が高まると、「シンクロニシティ」も数多く体験できるようになるという。「シンクロニシティ」とは、かの深層心理学者カール・ユングが提唱した概念で、「意味のある偶然の一致」、あるいは「共時性」。ユングの言葉を借りるならば、「非因果的連関の原理」を意味する。最近流行の言葉で言えば、「すべては必然」と考えるものの見方を指す。

このシンクロニシティは、本人が意識しないところで、人間体験に付き纏う現象なのかもしれない。何気ない日常の中にもシンクロニシティと思える様々な現象に遭遇することは誰にでもある。フラリと寄った書店で、偶然今抱えている問題にぴったりな書籍と遭遇したり。

恐怖心と対峙する

恐怖心なり不安感情なりが自分と繋がり、一つとなって外に吐き出されたとき、人間というのはものすごいパワーを得ることができるんですよ。これは、巷間よく言われる〝火事場のバカ力〟を生み出す原動力にもなります。ですから、恐怖心であろうが不安感情であろうが、自分の中にある正直な感情を認めて、受け入れてやることが、まずは大切になってくるわけですね

極度の緊張状態や制約の中で人はものすごいパワーを発揮することも。僕は病気の症状で極度の不安にかられながら、車の運転をしている時、長距離を一回もサービスエリアによらずに家までノンストップで帰ったことがある。不安感情がパワーを与えた一例だ。

今までの悪い流れを断ち切り、良い方向へ導き奇跡を起こすにはどのようなステップを踏めば良いか。実例をもとに解き明かす。ピンチにおけるメンタルのあり方、不安や緊張を味方につける方法とはどういうものかが記された書籍。