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現代医学の基本姿勢は本質的に治すのではなく、その場をしのぐこととなっている。それは「維持」や「寛解」と呼ぶ類のものであって、決して「治癒」ではない。「治す」「治る」ということは、本質的に言えば病院に通院しなくてもいい状態のことであり、患者自身がそのことを気にしなくても良い状態にまでなった場合のことだ。そうした意味では、現代医学は決して病気を治せないのである。

高額な代替療法など眼中にない

高額な代替療法を使用しなくても健康保険に近い範囲や、月に一〜三万円程度でも、個人の努力と工夫と理論を掛け合わせて、驚くほどの効果を発揮することはできる。「いいものは高い」と声高にいう代替療法者は数知れないが、へそが茶を沸かすとはこのことである。私は安くても有効な手段をいくつも知っている。ガンの代替療法で数百万もお金を払うなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。ある代替療法に価値があったとしても、代替療法の多くは割高で価値はないという側面もあるのだ。

そうはいっても、病気で治療しなければ死が待ち受けているという状況下では、藁をも掴む思いで高額な代替療法に頼りたくなるのはわかる気がする。僕の祖母はガンが発見されてから抗がん剤治療を受けたのだが、抗がん剤治療を始める前と後では明らかに元気度が違った。こんなに苦しむのなら抗がん剤治療などに頼らなければよかったとさえ思えるぐらい苦しいのだ。医師を務める人の中では自分がガンになったら抗がん剤治療は受けないという人が多いという。普段から健康に気を配り、もしガンを発症したら手術を検討しそれでもダメなら諦めるぐらいでいいんじゃないかとすら思う。無駄に長生きすると僕のような貧乏人は、お金が回らなくなること必至。

健康保険をどう考えるか

医学の大半は治療を受けるだけで悪化するか、慢性化させられてしまう。その結果、金づるが一人できあがるだけであり、健康保険システムはそのシステムの維持に関して、尽きることなく金銭を提供しているにすぎない。私は、医療という行為によって稼ぐなと言っているわけではない。真に役立つ医学であっても、設備機器や人件費が多くかかるのは当然である。「人助けだからボランティアでやれ」といった意見は、患者側の権利意識の肥大化にすぎず、さらに言えばそのように権利意識を肥大化させてきたのだが、日本の教育、日本の心理学、日本の精神医学であることに気づいていない証拠である。ただ、その費用や払うべき料金は良くなるからこそもらえるべきものである。しかし、健康保険システムは、どのようなビジネスであっても担保されている「結果」への対価でなく、通うことで金が入るという、まさに〝治さないことを助長するシステム〟になっている。

確かに医療は患者の治癒によってのみ報酬を得られるようなシステムにすれば、もっと多くの人が健康状態を取り戻せる医療となるのは間違い無いと思う。微妙なところで疾患が治らないようコントロールできれば、医者は通院してくる患者で溢れかえり儲けることができる。しかし、首都圏ならともかく、地方では医師の確保ができず、疾患によっては入院患者を受け入れることのできない病院も多くあるようです。これから迎える超高齢化社会で、病院が機能するかどうかは健康保険のシステムの改変にかかっているのでは無いかと思う。

医学における報酬制度を導入すれば、治せば多額の報酬を受け取ることができるので、通院によるちまちました収入よりも、多くの報酬を得ることが可能になるのでは無いか。自分の命に価値を感じている人ならば、長生きするため、多くのお金を払う人はいくらでもいるだろう。そうした人からお金をぶんどって、全体のバランスを取ればいい。まあ、そうしたシステムが現実のものとなれば、ほとんどの病院は治療技術が追いつかず潰れるだろうが。

精神の病気

この世にすべての精神医学は不要である。これらはそもそも人を治すための技術ではなく、人を支配し殺すための技術である。すべての精神にかかわる問題を医学から切り離し、有効な方法を模索するシステムへ切り替えることが急務である。

僕の精神科にかかる患者として医療機関を利用している。発作で思考停止状態に陥りその場から動けなくなったり、幻聴が聞こえたりするときはやはり向精神薬が必要となる。放っておいても治るのではと思うこともあるが、やはり薬は手放せない。精神薬は覚醒剤や麻薬そのものというが、どこまで信じていいかわからない。

胃ろうについて

私は手術のすべてを否定したりはしない。ただ、手術とは呼びがたいかもしれないが、一つだけ避けていただきたい治療がある。それが、口から飲食できなくなった人に口以外から胃に栄養分を入れる人工的栄養補給法「胃ろう」だ。この胃ろうが価値をなすのは難病で食べられなくなった人(たとえばALS[筋萎縮性側索硬化症]など)に対して行う程度しかない。

僕も最後まで口から食事をとりたいので胃ろうという選択肢は取らないことを意思表示することにしている。抗がん剤治療なども同様だ。できるだけ自然な形で死んでいきたいものだと考えさせられる書籍で、医学を信じるからこそ、不要な選択肢を取らない権利も主張したい。