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天皇が、生前退位の「お気持ち」を表明する「お言葉」を発せられました。天皇自身の考える望ましい天皇のあり方を国民に語りかけたのです。その「お言葉」の文言の中には近代も民主主義も言葉としては存在しないのですが、戦後民主主義の体現者となられるようにひたすら念じて過ごして来られたに違いない今上天皇自身が民主主義の基盤が揺らぐこの時代にあるべき「新しい天皇」の姿とは何かを国民に問うたものではないかとも思われる。この問題を過去を振り返りながら考察する書籍。

「政教分離」を装った「神社非宗教説」

島薗 近代国家というものは、西欧の常識にならえば、信教の自由を認めなければならない。だから日本も、信教の自由を認めて、「政教分離」を制度化する。一八八九年に発布された大日本帝国憲法でも第二十八条に「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」と書かれています。

片山 そうすると、「王政復古」や天皇崇敬をどう処理するかという問題が出てきます。

島薗 そうなんです。明治政府は、非常に巧妙な理屈を作り出しました。それは国家神道は宗教ではない、と定義することで、「祭政一致」と「政教分離」が並存できるということになります。国家神道は、宗教ではない、言ってみればこの国に生きるうえでのおおもとの「道」のようなものなのだ、だから国家が皇室祭祀とともに神社を管理し振興しても構わないという理屈です。

現在の日本でも多くの宗教団体の面々が名を連ねる団体など、宗教勢力と関連がある団体の政治参加について、「宗教団体の政治的権力の行使の禁止」と関わりが話題にのぼることがある。日本政府の見解によれば宗教団体が政治的活動をすることに問題はないが、国民の間には忌避感があるという。

天皇の「仁政」による「慈恵」

島薗 民間の生命保険は、それなりに収入のある層を対象にしているから、貧民や困窮者までカバーできません。片山さんが言うように、新政府もそこまでの余裕はない。社会主義勢力の拡大を前に、福祉体制の整備が必要だという意識は高まっていたのに、国家そのものには、そんな財政的余裕がない。そういう状況で、駆り出されたのが、天皇という「資源」です。

のちに東京慈恵会医科大学附属病院となる病院や日本赤十字社への皇室の支援。もともと成医会講習所と有志共立東京病院という名だった病院に「慈恵」という名を付与されたのが美子皇后で、東京慈恵医院には皇后と皇太后が毎年600円の下賜を継続。日本赤十字社では、西南戦争の際、敵味方の区別なく救護班を派遣するのを許可したのは、有栖川宮熾仁親王で、宮内省は1000円を下賜。皇后と英照皇太后が負傷士卒に女官とともに自らガーゼを作って下賜したと言います。その後も皇后は毎年300円を下賜するなど関与を続けています。こうした皇室の行為の背景には、儒教的な「仁政」という理念が強くあります。仁、つまり人徳や思いやりによって王が政治を行うというのが「仁政」。その具体的な実践として東京慈恵医院や赤十字社への支援があった。とりあえず皇后がその役割を担ったと言える。

苦しんでいる人の元に通って、国民と同じ目線で語りかける。現在の天皇が人々に感じさせるような徳も、そういったところから来るものなのかもしれません。それが戦後民主主義の象徴天皇の役割であり、その職務が遂行できなくなったら、象徴たり得ない。だから「生前退位」という「お気持ち」を持つに至るわけだ。

格差により分断する危機感

島薗 いまや「平等」という価値が減価し、格差や貧困についても自己責任論が席巻しています。個々人に責任を帰すことを好む意識は、また身近に敵を見つけようとする要望を刺激します。そして敵を抑えつけたり排除したりする方向で秩序を求める。連帯ではなく分断に向かう国家主義です。だからこそ、こうした現代において、天皇という存在を国民がどう考えればよいのかが、焦点になるわけです。

右肩上がりの時代は終わってこれ以上の大きな成長は望めないとも思える現代、トランプ大統領などの出現により、軍事費などもこれから多く費やすことにもなりかねない危機的状況で、安全あっての国民生活→軍事優先→自助・共助→足りないところは「慈恵」。そんな世の中がすぐそこまできているとも言える。

戦後憲法の「平和」という言葉を巡っても、解釈論争がおき、絶対に非戦・不戦で自衛隊すら違憲だという平和主義もあれば、自国の安全を守るために軍事力を拡大して海外に自衛隊を派遣して事実上の戦闘行為に及んでも合憲だという「平和」もある。

「生前退位」か「摂政」か?

例えば今上天皇の「生前退位」問題を審議する政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」のヒアリングで櫻井よしこ氏は次のように述べている。「天皇の役割は国家国民の為に祭祀を執り行ってくださる事。天皇でなければ果たせない役割を明確にし、ご譲位ではなく、摂政を置くべきだ」。この意見だと天皇の仕事の根幹は祭祀であって、最低でもそれだけを果たせば、あとは摂政でもよいということのようです。

「生前退位」にせよ「摂政の設置」にせよ、象徴か神秘か。近代か反近代か有識者の出す決断が国民の意思に反することのないよう決めていってほしいものだ。

主に明治頃からの近代天皇論。皇室が日本にどのような影響を与えてきたのかがわかる書籍です。